ここだって鎌倉だ!断ち切るな関谷・玉縄みどりの輪 

「連続開発に脅かされる市周縁の暮らしと歴史」 大船駅付近の玉縄、関谷をご存知ですか? JR大船駅から大船観音横の通りの坂を登ると緑の多い住宅地があります。

開発予定地の法規上のポイント

3.(1)土地所有の歴史(その8−75)
 公領の状況を記すには在庁官人抜きには語れない。在庁官人は国衙の役人なのだが、地方豪族がなる例が多くかなり高い地位につく例があった。石井進著「鎌倉武士の実像」では常陸国の例が記載されていて、国衙の在庁トップは大掾ということになっている。常陸国は親王任国なので国司相当は「介」であるから大掾が在庁トップというのはうなずける。上総国も親王任国であったが、上総氏が権介を代々世襲していた。同様に相模国では三浦氏が介を、下野国では小山氏が権大介を代々世襲していた。なぜ、地方豪族が在庁官人になっていったのか、しかもかなり高い地位である。国衙の二大機能は土地管理・徴税と軍事・警察である。土地管理・徴税には軍事が欠かせない。不法な行為による公領や山野河海の占拠を防止・排除するには実力行使が欠かせない。郡司の子弟等に軍事の構成員となることを公認した「健児(こんでい)」制があったが全国一律で見た場合どうなったかはっきりしないようである。石井氏は国衙の軍事警察組織について国司の私的従者と在庁官人ならびに書生が国司の直属軍で、さらに任国内の豪族を中央有力貴族に願い出て太政官符による追捕使等に任命してやる等の便宜を図り、その見返りにその武力を国衙の武力に取り込む工夫をしていたようである。さらには上述のごとく在庁官人に取り立て常陸国では「大掾職」を坂東平氏國香流が世襲するに至る。このような例は下野国の小山氏が「押領使職」と共に「権大介職」を代々世襲した例が挙げられている。上総国の上総介や相模国の三浦介も同様であろう。
 
                         ―黒子―

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